労働審判による解決
1.労働審判とは
著しく増加している労働トラブルに対応するため,平成18年から労働審判制度がスタートしました。
労働審判とは,民事上の個別労働紛争について,審判官(裁判官)と,労働問題の専門的な知識と経験を有する労働審判員が関与しながら,紛争を解決するという新しい制度です。
難しい用語がたくさん出てきてしまいましたね。「個別労働紛争」とは,会社と労働組合といった団体同士の労働問題ではなく,ひとりの従業員と会社との間の労働問題トラブルのことをさしています。
また,労働審判員とは,労働トラブルを扱ったことのある経験と労働問題に関する知識を持っている方たちの中から,裁判所が2名選びます。選ばれる方たちは,連合(日本労働組合総連合会)や経団連(日本経済団体連合会)等から推薦を受けており,うち1名は労働者側として,もう1名は会社側として選ばれます。ただし,手続への実際の関与はあくまでも中立,公平な立場で関わります。
「紛争を解決する」という部分を具体的に説明しますと,3回以内の期日で労働審判が開かれ,話し合いの中で調停(和解)が試みられます。もし,調停がまとまらなければ,事案の実情に応じて解決案(審判)が出され,審判に異議がなければ,訴訟で得られる判決と同じ法的効果が生じるというものです。
上記のグラフは,労働審判の申立件数の推移を表したものです。ご覧のとおり,労働審判は近年3,000件以上申し立てられています。終身雇用制が崩壊し,長引く不況が続く中で,会社の対応や処遇に対して,じっと我慢し続けるような時代は終わりました。昔のような忠誠心にも似た会社への帰属意識は希薄となり,退職と転職による労働者の権利意識は高まりつつあります。前に勤めていた会社に対して,退職後に未払いの残業代を請求したり,退職金を請求したりすることは,もはや珍しくなくなったのです。労働審判は,今後も多くの労働トラブルの解決のために利用されていくものと考えられます。
2.従来のその他の手続との違い
それでは,従来のその他の紛争解決方法と労働審判はどのような違いがあるのでしょうか。従来からあるその他の紛争解決方法としては,
- 労働基準監督署からの指導や是正勧告
- 都道府県労働局等によるあっせん
- 裁判所を利用した訴訟手続
等があります。労働トラブルという言葉を聞くと,労働基準監督署や労働局を思い浮かべる方も多いかと思います。たしかに,これらの機関では,労働トラブルの相談を聞いてもらったり,あっせん手続を利用することができます。
しかし,あっせんには,それに応じなければならない法的な拘束力はないため,会社側は参加自体を拒否したり,あっせん内容を拒否することが容易にできます。そのため,会社側との言い分が食い違っている場合には,あっせん手続は有効的に機能しません。
また,訴訟手続は非常に時間がかかるうえ,第一審の判断が出るまで1年程度かかることもあります。仮に勝訴したとしても,会社側が控訴した場合には,さらに時間がかかることになります。
訴訟手続の中で和解がまとまらない場合,裁判所は判決を出すこととなりますが,その際には必ずしも当事者の本意には沿わない形での判決しか出ないこともあります。そのため,実際の問題の解決には実効性に欠けてしまうとの批判もありました。たとえば,会社を解雇されてから長らく訴訟で争って「解雇無効」の判決を勝ち取ったとしても,すでに別の会社へ再就職して働き続けている本人にとっては,根本的な解決にはならないのです。
そこで,増加する労働者と会社との間の労働トラブルを,迅速・適正・柔軟に解決するために新たに設けられたのが,労働審判制度なのです。
労働審判の3つの特徴
- 迅速さ!
原則3回以内の期日で審理を終えることになっており,申立から終結までの平均日数は約70日といわれています。
- 適正さ!
職業裁判官だけではなく,労働問題に関する知識や経験が豊富な一般の人(労働審判員)が中立,公平な立場で,妥当な解決へと導いてくれます。
- 柔軟さ!
労働審判は,そのほとんどが労働者側からの申立を取り扱う手続です。そのため,訴訟と比較して明確な証拠が揃っていなくとも,ある程度の証拠から心証を形成し,柔軟に事実認定をしてくれます。
労働審判と訴訟との違い
労働審判 | 訴訟 | |
---|---|---|
判断をする人 | 労働審判員2名と裁判官(審判官) | 裁判官のみ |
申立に必要な収入印紙代(手数料) | 訴訟の半分の手数料 | 訴訟に必要な分の手数料 |
解決する方法 | 調停または審判 | 和解または判決 |
解決までの期間 | 約2ヵ月半 | 長ければ1年以上 |
裁判所の手続 | 非公開 | 公開 |
3.解決方法としての労働審判
それでは,労働審判の申立によって,実際に抱えている労働トラブルはきちんと解決するのでしょうか。労働審判の解決力を見てみましょう。下記の図をご覧ください。
労働審判は先に述べたように,さまざまなメリットがありますが,この図からもわかる通り,解決率が非常に高いのです。労働審判を申し立てた件数のうち,約70%について調停が成立しており,和解による解決が図られています。調停が不成立になったもののうち約40%は,審判に異議を唱えることなく解決していますので,少なくとも全案件の約80%が,労働審判の手続内で解決を図ることができています。
なお,労働審判を申し立てる以前に,弁護士が労働者の代理人として示談交渉(任意交渉)も行いますので,示談交渉の段階での解決も含めれば,多くのケースが,労働審判までに労働トラブルを解決できることがわかります。
ただし,労働審判は,労働者個人から会社に対して民事上で争う場合に利用される手続です。そのため,会社に刑事罰を求めたい場合,公務員の身分について争う場合など,労働者同士のトラブル(たとえば,お金の貸し借り)等には,利用することができませんので注意してください。
4.労働審判における弁護士の選任率
平成18年に制度がスタートしてから平成23年までの統計調査によると,労働審判の申立における代理人弁護士の選任率は83.6%となっています,実に,8割以上の案件で,弁護士が代理人として付いているのです(最高裁判所行政局調べ)。
労働審判は,スピーディーかつ柔軟に解決することが特徴の制度ですが,当事者同士で行うということになると,やはり,感情的な水掛け論が出てきたり,上手に争点をまとめることができなかったりと,せっかくの特徴が損なわれてしまう恐れがあります。手続が短くて済むということは,逆に綿密な準備をして審判に臨まなければならないのです。
その点,弁護士が代理人として間に入れば,このような問題は解決されます。また,弁護士に手続を任せることができれば,何にもまして,精神的・時間的な負担が軽減されることになります。これがもっとも大きなメリットなのかもしれません。
最後に,未払い残業代や未払い給与の請求権の消滅時効期間は2年(※),退職金の請求権については5年です。これらは,退職後の求職活動中はもちろんのこと,新しい会社に再就職していたとしても,もちろん請求することができます。お心当たりのある方は,ぜひ,弁護士に相談することをおすすめします。
※法改正により,2020年4月1日以降に支払日が到来した賃金請求権(残業代請求権)の消滅時効期間は,3年に変更となりました。2020年3月31日までに支払日の到来した賃金請求権(残業代請求権)については,従前のとおり,消滅時効期間は2年のままです。